大判例

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東京高等裁判所 昭和52年(ネ)2816号 判決

控訴人 永井巌

右訴訟代理人弁護士 関島保雄

被控訴人 小貫英夫

右訴訟代理人弁護士 古野勇太郎

被控訴人 日正不動産株式会社

右代表者代表取締役 畠山正勝

右訴訟代理人弁護士 大原修二

主文

一  被控訴人小貫英夫に対する控訴を棄却する。

二  原判決中被控訴人日正不動産株式会社に関する部分を次のとおり変更する。

1  被控訴人日正不動産株式会社は控訴人に対し、二〇万円及びこれに対する昭和五一年八月二五日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  控訴人のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用中、控訴人と被控訴人小貫英夫との間の控訴費用は控訴人の負担とし、控訴人と被控訴人日正不動産株式会社との間では第一、二審を通じこれを二分し、その一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人日正不動産株式会社の負担とする。

四  この判決は二の1に限り、仮に執行することができる。

事実

控訴人代理人は「原判決を取り消す。被控訴人らは控訴人に対し各自一〇〇万円及びこれに対する被控訴人小貫英夫は昭和五一年八月二六日から、同日正不動産株式会社は同月二五日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、被控訴人ら各代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は、当審において控訴代理人が甲第一四号証を提出し、右は永井巌が昭和五一年四月原判決別紙目録記載の土地建物(以下本件土地建物という)及びその周辺を撮影したものであると付陳し、当審証人永井京、同宮地八一郎の各証言を援用し、被控訴人ら各代理人が甲第一四号証が控訴代理人主張どおりの写真であることを認めると陳述した外は、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

理由

一  被控訴人日正不動産株式会社は不動産の仲介及び管理業務を目的とする会社であるところ、控訴人は昭和五〇年八月ごろ右被控訴人との間において、土地建物の仲介契約を締結し、同月二九日右被控訴人の仲介により、被控訴人小貫英夫と本件土地建物を代金一一〇〇万円、手付金一〇〇万円で買い受ける契約を締結し、控訴人は右被控訴人に対し右手付金を支払った外、同年一〇月三一日までに残代金一〇〇〇万円を支払って、右被控訴人より本件土地建物の所有権移転登記及び引渡を受けたこと及び控訴人は被控訴人日正不動産株式会社に対し仲介手数料三六万円を支払ったことは当事者間に争いがない。

二  《証拠省略》によると、昭和五〇年八月当時本件土地建物の周辺は人家少なく、その東南側に隣接する土地には広い山林及び農地が続き、その西側に隣接する土地は原野の空地となっていたこと、ところが有楽土地株式会社は本件土地に隣接する原判決別紙開発計画図の赤線で囲んだ部分(町田市金井町二六一三の一の外二七八筆合計一三八六八三・五〇平方メートル。以下本件開発部分という。)を開発して、三二〇区画の分譲宅地として売り出すことを計画(以下本件開発計画という。)し、昭和四七年一〇月二日町田市長に対し、都市計画法第三二条による土地開発同意願書を提出したこと、同五〇年一二月一六日町田市長より右開発につき最終的同意があったため、有楽土地株式会社は翌五一年四月ごろから本件開発計画に従って宅地造成の工事を開始し、現在分譲宅地に建物を建築中であること、そして控訴人が買い受けた本件土地の東南側に隣接する土地に生育していた雑木等は右開発工事により伐採されるに至ったことが認められる。

三  控訴人は、被控訴人らは本件開発計画について知悉していながら、控訴人にこれを告げず、本件開発部分につき今後も緑が残される旨説明する等の債務不履行があった旨主張する。

よって案ずるに、《証拠省略》によると、控訴人は昭和四二年八月ごろから町田市の山崎団地に居住していたところ、同四七・八年ごろから気管支炎を患い、かねて周囲に緑が多く空気のきれいな土地に移ることを望んでいたこと、そこで控訴人は、昭和五〇年八月一九日被控訴人日正不動産株式会社に対し土地建物の仲介を委託するに際し、仲介物件が町田市付近にあり、代金が一〇〇〇万円程度であることの外、便利な場所でなくとも、緑に包まれた閑静な場所であることを条件の一つにし、被控訴人日正不動産株式会社はこれを了承したこと、控訴人は被控訴人日正不動産株式会社から渡された本件土地建物の物件紹介書に「緑につつまれた閑静住宅地」という記載があり、またその従業員である星野康友が控訴人を本件土地建物に案内した際「本件土地建物の環境はよく、本件土地周辺の緑は当分なくならないだろう」と告げたため、本件土地建物の周辺には当分宅地造成等の開発は行われないものと信じて、本件土地建物を買い受けたものであることが認められ(る。)《証拠判断省略》

ところで不動産の仲介を委託された宅地建物取引業者は、委託の本旨に従い、善良な管理者の注意義務をもって、誠実に仲介事務を処理すべきであり、重要な事項につき故意に事実を告げず、または不実のことを告げる行為をしてはならないところ、前記のように仲介物件が緑に包まれた閑静な場所であることが仲介契約の条件の一つである場合には、この点は右にいう重要な事項に当るので、右取引業者としては、仲介物件の周辺にすでに開発計画があって、右計画が実行されれば、その周辺が緑に包まれた閑静な土地でなくなるおそれがあることを知悉しておりながら、故意にこれを告げず、または右につき不実のことを告げる行為をしてはならないというべきである。

本件仲介当時、被控訴人日正不動産株式会社及びその従業員である星野康友が有楽土地株式会社の本件開発計画を知悉しておりながら控訴人に故意にこれを告げず、またはあえてこれを秘し、前述のような記載ないし説明に及んだものと認めるに足りる的確な証拠はないが、しかしながらおおよそ緑に包まれた閑静な土地建物の仲介を委託された宅地建物取引業者としては、仲介物件の周辺に開発計画があるか否かを調査し、その結果を委託者に説明告知すべき契約上の義務があるものというべきところ、《証拠省略》によれば、本件開発計画は前述のように大規模のものであったから、昭和四七年ごろから町田市民の間でも自然を破壊する宅地開発として問題となり、自然を残す宅地開発を行うように要求する住民運動が起き、このことは朝日新聞、読売新聞及び東京新聞等の外、テレビジョンでも報道されていたことが認められるから、右事実からすると、本件仲介当時、被控訴人日正不動産株式会社が、宅地建物取引業者として相当の注意をもってするならば、容易にすでに本件開発計画があって、右計画が実行されれば、周辺が緑に包まれた閑静な土地でなくなるおそれのあることを知ることができたにもかかわらず、右注意を怠った過失によりこれを知らず、前記のごとき物件紹介書を控訴人に交付し、その従業員の星野康友において前記のごとき説明をしたため控訴人をして本件開発計画を知らないまま、本件土地建物の売買契約を締結するに至らしめたものであって、控訴人は右契約締結以前に本件開発計画を知っていたとしたならば、本件土地建物を買い受けなかったものというべきである。

しかし控訴人は、被控訴人小貫及び佐藤行政は本件開発部分に今後も緑が残されていく旨控訴人に説明したと主張するけれども、控訴人の右主張事実を認めるに足りる証拠なく、また土地建物の売主は、土地建物の売買契約を締結するに際し、右土地建物の周辺の土地につきすでに開発計画が具体化している場合であっても、当然にこれを買主に説明告知すべき義務を負担するものとは解されないので、本件土地建物売買に当り、とくに被控訴人小貫と控訴人間において本件土地建物が緑に包まれた閑静な場所であることを売買の条件としたとかその他特段の事情の認められない本件においては、被控訴人小貫英夫に控訴人主張のごとき債務不履行を認めるに由なく、控訴人の同被控訴人に対する本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がないというべきである。

四  そうすると、控訴人は被控訴人日正不動産株式会社の債務不履行により、本件開発計画を知らないまま、被控訴人小貫英夫から本件土地建物を買い受けたものであるから、被控訴人日正不動産株式会社は、控訴人がそのため被った損害を賠償すべき義務があるものといわなければならない。

そこで控訴人の被った精神的損害につき判断する。本件土地建物の周辺は従前人家少なく、その東南側に隣接する土地には広い山林及び農地が続き、その西側に隣接する土地は原野の空地となっていたこと前記のとおりであるところ、《証拠省略》によると、通常は緑地は三パーセントで足りるところを、本件開発計画では一四パーセントの緑地を残すことになっているとしても、本件開発の結果本件土地建物の周辺は従前のように山林農地といった緑に包まれた環境でなくなり、また本件土地建物の東南側には、建物から約三メートル離れたところに高さ約四メートルの石垣を積み、その上に土盛りをした宅地が造成されたため、朝は、一、二時間日照が遅れ、午後一時には日かげになる等の被害が起きている外、今後右宅地上に建物が建築されるとなると、その被害はさらに著しくなることが認められるので、以上のような住環境の変化により、控訴人が精神的苦痛を被ったことは推察するに難くない。

しかし、一方《証拠省略》によると、本件開発の結果、本件土地建物の周辺は道路が舗装され、水道、ガス及び排水関係が整備された外、学校や公園の設置も予定されている等して、住環境がよくなることが認められるところ、控訴人の被る右精神的苦痛は、右の結果本件土地建物の財産的価値がそれだけ上昇し、また、控訴人の日常生活が今までよりも快適かつ便利になる面がなくはないことにより、それだけ軽減されるものと認められるので、この外諸般の事情をあわせ考えれば、控訴人の被った精神的損害を慰謝すべき金員は二〇万円をもって相当とするというべきである。

五  よって被控訴人日正不動産株式会社は控訴人に対し、右慰謝料二〇万円及びこれに対する本訴状送達の日であることの記録上明らかである昭和五一年八月二四日の翌日たる同月二五日から完済に至るまで、民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

以上により、控訴人の被控訴人小貫に対する控訴は理由がないから、これを棄却し、原判決中控訴人と被控訴人日正不動産株式会社に関する部分は右と一部結論を異にするから、原判決中右部分をそのように変更し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第九六条、第八九条、第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 園田治 裁判官 田畑常彦 丹野益男)

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